昔のイタンキ浜

先日アップした「寒さに負けず」のコメント内で
昔、イタンキ浜がゴルフ場だったお話が出たので頂き物の写真ですが
アップしようと思います(想さん、ありがとうございます~)

写真を見ると・・・・私は記憶にないんですけどね(汗
奥に写ってるくじら半島でイタンキ浜だとわかると思います。
こんな風に昔の写真で今の風景と見比べるのは楽しいですよね(笑

Follow me!

昔のイタンキ浜” に対して9件のコメントがあります。

  1. 昔は天沢っ子 より:

    イタンキがゴルフ場だったの 知りませんでした~
    いつくらいの話なんでしょうか?
    また ビックリが増えました(笑)

  2. Kuri より:

    これはすごい!
    多分、昭和一桁頃のイタンキではないでしょうか。
    コースも、たしか1コースか2コースという『それは本当にゴルフ場なのか!?
    』というレベル…本当におおらかな時代でした。
    もちろん、背後の工業団地もまだ完全に沼地ですね~!
    競馬場の横にあった沼地を埋め立てて造成する際、いったい何台のブルドーザー
    が供養よろしく、そのまま沈んでいったことやら^^;
    ちなみに知り合いに、昭和20年代に、この沼で巨大なウナギを釣ったという方
    がいます。
    当時は苫小牧にかけて、こうした沼がいくつもあったとのこと。
    いろいろと、自然が残されていたんですね^^

  3. seal より:

    >昔は天沢っ子さん
    私も記憶にないんですよね~(汗
    でも写真を見てもわかるように確かにゴルフ場だったようです
    いつ頃かなのかは、↓Kuriさんが書かれているように昭和初期だそうです(笑
    >Kuriさん
    想さんに頂いた写真なのですが、私も初めて見たときはビックリしました
    背後の団地も沼地だったんですね~
    しかも大きなウナギが釣れただなんて・・・・・!!
    ウナギ大好きなんですよ~(笑
    昔はたくさん自然があったのでウナギも生息していたんでしょうね
    >そのまま沈んでいったことやら^^;
    そ、それはちょっと怖いお話ですね・・・・(汗
    埋め立てするのにも色んな苦労があったんでしょうね~

  4. より:

    イタンキゴルフクラブ(後に室蘭ゴルフクラブと改称)は、昭和4年に輪西町289番地の放牧場などを借り入れ、9ホールのコースでスタート。途中、太平洋戦争により休止となりましたが、昭和28年に再開、昭和39年8月22日のイタンキコース閉場トーナメントを最後に閉鎖となったようです。そんなわけで、当時のことをご存知なのは結構ご年配の方と思われます(笑)。

  5. Kuri より:

    えっ…想さん、イタンキのゴルフコース、9コースもあったんですか?
    それは初耳です。ありがとうございます☆
    知り合い(70代、過去に新日鉄勤務)は、せいぜい2・3コースだと言っていたので驚きました。
    ちなみに、背後の湿地はとてつもなく軟弱&深くて、イタンキ工業団地の造成に当たり、大型のブルドーザーで埋め立て始めたところ、ちょっと運転を誤っただけでキャタピラーといえども脱出不能となり、運転手だけが慌てて命からがら脱出…というケースが絶えなかったそうです^^;
    なお、昭和40年代までは、鷲別から幌別にかけて、縄文海進の際に出来た海跡湖と湿地帯が広大に広がっており、この地域の開拓は湿地帯との戦いだったみたいですね。
    ちなみに、ウナギは今でもポロト湖辺りにはいるらしく、たま~に釣れるみたいです☆

  6. seal より:

    >想さん
    なるほど~だから記憶にないんですね
    (よかった・・・最近忘れっぽい方なので(汗)
    でも、9ホールもあったんですね~
    室蘭には戦争によって色んな悲しい出来事もあるから
    戦争で中止という話もなんだかかわいそうですよね。
    昭和4年にスタートして1度中止になったとは言え
    39年まで続いたんですからゴルフ好きな方は結構利用したのかもしれませんね(笑

  7. seal より:

    >Kuriさん
    想さんは室蘭のことにとても詳しいのでいつも助けられているんですよ~
    でも、Kuriさんも詳しいですよね
    色んなことを知っているのでいつも感心して見ています(笑
    湿地帯の工事って大変な作業なんですね
    でも命からがらと言いながらも運転手さんが助かってよかったです
    ウナギ・・・・
    ポロト湖に行くと釣れるんですか?
    ちょっと行きたくなってきました(笑

  8. Kuri より:

    ブルドーザー水没という話は、他の地域の開拓でも時折あったみたいです。例えば長沼では、長都沼開拓の際、かなりの台数がポアされてしまったとか…
    室蘭も、戦後しばらく、中島から太平橋の辺りにかけて、あと、イタンキ一帯は、全て湿地帯でしたよ^^
    中央町方面では、追直浜のタコ沼は、大正時代にはほぼ埋め立てられてしまいましたが。
    ところで、戦前に米軍が撮った航空写真を見たことがありますが、東室蘭の東口から中島入口にかけて、当時はひたすら谷地が続いていました。陸地は知利別のほうに行かないとなかった、と言っていいくらいです。
    それというのも、湿地を埋めるのに手間がかかりすぎるため、もう放置しておくしかなくって、そのおかげで新日鉄への通勤が、とても不便だったそうです。
    が、いいこともあって。
    戦争末期に室蘭が艦砲射撃を受けた際、アメリカ軍が『きっとここは湿地に偽装した何かがあるに違いない!』と勝手に思い込み、大量の砲弾を浴びせたものの、もともと湿地だったので被害はほとんどなかったとか。
    軍需工場の隣に広大な空き地があり、そのはるか向こうに社宅が並んでいたら、誰だって疑いますよね^^;
    なお、当時の砲撃(16インチ砲弾)で開いた穴は直径が30メートル近いものもあり、当然ながら水が溜まって絶好の釣り場となったため、戦後しばらくの間、釣りをしていた人もいたそうです。
    当時、ウナギが釣れたかどうかは私も知りませんが、ポロト湖や錦大沼・小沼、弁天沼辺りには、今でも少数が生息しているらしく、美々川あたりではそこそこ釣れているそうです☆

  9. seal より:

    >Kuriさん
    とても丁寧に書いてくださってありがとうございます
    湿地帯のことや砲撃で開いた穴に水が溜まって釣り場になったことなど
    興味深く読ませていただきました。
    考えてみたらうなぎは食べるのは大好きですが
    他の魚はさばけてもうなぎは自分でさばけるかどうか自信がありません
    見た目がちょっと・・・・(汗
    やはり出来たものを食べるのが一番かもしれませんね(笑
    また昔のことで知ってることがあったら教えてくださいね

コメントは受け付けていません。

前の記事

寒さに負けず